セロテープアート®︎の歴史

きっかけは幼少期の「母親の理解」と夢中になった「セロハンテープ遊び」

 「セロテープアート®」とはその名の通り「セロテープ®」でアート作品を制作する「行為」を総称し、私が作家として発表活動を始めた時から自分の作品や活動を社会に少しでも解り易く、また少しでも早く認知して頂けるようにと掲げて来た、アーティスト 瀬畑 亮の代名詞(キャッチコピー)であり、自ら立ち上げたオリジナルブランド(登録商標)です。

 

※アーティスト活動を始めた当初は「セロテープアート®︎」(登録商標)を使用できない個人活動だったので「セロハテープアート」を名乗っていました。

 

 私は幼い頃から気になった物事へのこだわりが異常に強く、学校等の集団生活が苦手で、友人と遊ぶよりも部屋に籠って「独り遊び」をする事がとにかく大好きな「一風変わった子ども」でした。

 発熱の持続と不登校により、しばらく母親と小児病院に通う時期もありましたが、通院している間に母親と一緒に過ごした時間は、私の「他の子どもとは一風変わった性(しょう)」を「個性」として一番最初に母親に理解してもらうために必要不可欠な時間で、現在の「芸術家」の自分を生み出す最初のステップとなる掛け替えのない貴重な時間だったと今は思っています。

 

 大人になった今も母親に「あなたの子育ては本当に忍耐でしかなかったわ。」と笑って言われますが、とにかく一つずつ自分が納得しないと頑として前に進めない異常に頑固で偏った性(しょう)は、幼少期から現在に至るまで何も変わらないのです。

 

 そんな私が「セロハンテープ遊び」に没頭し出したのも幼少期の頃(私の感覚の中では5、6歳くらいの頃)からで、当時大好きだったNHKの「できるかな」という教育番組を見て、ノッポさんがセロハンテープを使って工作するのを真似るところから始まりました。そして次第にセロハンテープだけをひたすら丸め出し、当時流行っていたアニメのキャラクターや好きな動物等の立体物を制作するようになったのがきっかけでした。

左:セロハンテープ遊びに没頭し始めた当時の写真

右:NHK教育番組「できるかな」のノッポさん&ゴン太くん(イメージ工作)

「セロハンテープアート」から「セロテープアート®」へ

 こうして幼少期に始まった「セロハンテープ遊び」ですが、母親の「成長と共にいつか飽きるだろう」という大きな許容力と「個性を伸ばす」教育方針の元、自分の納得が行くまで没頭し続けました。しかし、母親の想いに反してその情熱は冷める事なく、高校卒業後には本格的にアーティスト(ものを作る人)になる事を目指し、3年間の浪人生活を経て東京造形大学(美術専攻 彫刻)に進学するに至りました。そして大学4年生の時に初めて銀座の画廊で同期生と2人展を開催した際に、自らの芸術表現を「セロハンテープアート」と名付けるようになったのです。

 

 社会人となってからは造形・デザイン・イラストレーション等のクリエティブ系の職種をいろいろ経験しながらアーティスト活動を続けて行き、同時に自分なりの方法で「アーティストとして生きて行く道」を模索するべくセルフプロデュース活動を始めました。その結果2004年に国内テープメーカー大手のニチバン株式会社と専属作家契約を結ばせて頂く事となり、2007年には同社が「セロテープアート®』の登録商標権を取得。以降同社公認の「世界で唯一のセロテープアート®作家」としてアーティスト活動を展開して行くようになりました。

左から

・1999年に東京(銀座)の画廊でアーティストとして展覧会デビュー

・2002年 Gallery Q「瀬畑 亮  セロハンテープアート展」会場風景(東京/銀座)

・2004年「第15回 国際 文具・紙製品展 ISOT 2004」東京ビッグサイト/ニチバン株式会社ブース

・ニチバン株式会社ブースに「チワワ&ミニチュア・ダックスフント」を初出品

「セロテープ®発祥の地」で最初の大きな飛躍の一歩を刻む

 「セロテープアート®作家」としてアーティスト活動を展開して行けるようになった事で、私のアート活動はより大きく飛躍して行く事となりました。その最初の大きな一歩となったのが、2008年に練馬区立美術館で開催した「セロテープ®誕生60周年記念 瀬畑 亮 セロテープアート®展」という自身初となる公立美術館での個展デビューでした。

 

 同展が開催された経緯は本当に不思議であり得ない偶然が重なった事がきっかけで、実は現在の練馬区立美術館が建つその場所こそが、正に昔ニチバン株式会社の「セロテープ®東京工場」だった事がすべての始まりでした。更にその練馬区立美術館の学芸員の方が偶然にも2005年に銀座の画廊に立ち寄った際に、ニチバン株式会社と専属作家契約を結び「セロテープアート®作家」を名乗る若手芸術家の私を発掘して下さるという「運命の出会い」に繋がったのです。そしてそれから数年後に迎える「セロテープ®誕生60周年」という記念すべき年に「特集展示」として展覧会企画を組む事で、私を公立美術館での個展デビューへと導いて下さったのです。

 

 このように2008年のセロテープアート®展(練馬展)は正に「運命のシナリオ」としか言いようのない不思議な出会いとご縁によって導かれ、私のアーティスト人生を大きく変えてくれた「最初のターニングポイント」となる意味深い展覧会でした。

 

 本展の会期中には大変多くのメディアご関係者様が連日取材で取り上げて下さった事もあり、開催当初の予想を遥かに超える「デビュー展で集客集4万人超え」というあり得ない大成功を収めると共に、将来に繋がる大きな飛躍の一歩とさせて頂く事が出来ました。

2008年 練馬区立美術館「セロテープ®誕生60周年記念 瀬畑 亮  セロテープアート®展」会場風景

夢は大きく広がり、目指すは「セロテープアート®展」の全国展開へ!

 練馬区立美術館でのセロテープアート®展の予想を遥かに超える大成功により、その後私の活動は全国の公立美術館等での大規模な個展開催を始め、TV番組等への出演やワークショップ・特別講義・講演会活動等、さまざまな方面に広がりを見せて行きました。

 

元来とても自閉的で人前に立つ事や目立つ行動をする事がとにかく嫌いで大の苦手な自分にとって、活動が大きく広がり人前に立つ機会や目立つ行動が増える事は自分の性(しょう)に反する展開で非常に苦しい事でしたが、練馬展の大成功により背中を押す自然の流れや勢いに身を任せるかの如く、次第に自分自身の夢も「セロテープアート®展の全国展開」へと膨らんで行きました。

左から

2012年 川越市美術館「開館10周年・市制施行90周年記念特別展Ⅱ タッチアート!2」会場風景

2012年 兵庫県立円山川公苑美術館「瀬畑 亮 セロテープアート®展 ー日常が生み出した美・不屈の美ー」会場風景

初めての「セルフプロデュース」による大規模企画展を開催!

 2012年以降は練馬展で勢い付いた「セロテープアート®展の全国展開」という夢を具体的に実現させるべく自ら奮起して、主体的に大規模セロテープアート®展をセルフプロデュースするべく動き出すようになりました。その最初の一歩が2015年に横浜市民ギャラリーあざみ野で開催した「瀬畑 亮  セロテープアート®展 2015 in あざみ野  〜セロテープ®の“イマ”と“ミライ”〜」でした。

 

 本展は私にとって過去最大規模の展覧会(約600㎡)だったため、作品制作や企画プロデュース等の事前準備の仕事量と背負うプレッシャーや責任の大きさは、単にアーティストとして小さな個展準備をしていた時期とは比較にならない程に膨大なものとなりました。しかしこの自分にとって初めての厳しく苦しい「未知の経験」が、幼い頃から抱える消極的で自閉的な自分の性(しょう)を少しずつ乗り越えさせるきっかけとなり、結果的に社会人として大きく成長し、アーティストとしての「総合力」を高めて行く事へと繋がって行きました。

2015年 横浜市民ギャラリーあざみ野「瀬畑 亮  セロテープアート®展 2015 in あざみ野  〜セロテープ®の“イマ”と“ミライ”〜」会場風景

一個人の表現から「コーポレートアート」へ!

 2015年の「瀬畑 亮  セロテープアート®展 2015 in あざみ野  〜セロテープ®の“イマ”と“ミライ”〜」はそれまでの一個人の個展とは開催意図が大きく異なり、スポンサーであるニチバン株式会社の「セロテープ®企画展」を併設した、実質的に初めての合同展でもありました。

 

 本展では私のアート展に加えてニチバン株式会社のご協力の元、主素材である「セロテープ®」の歴史や製造工程や社会的役割等まで深く説明する展示構成が組み立てられた事で、過去の一個人の展覧会とは全く別次元のとても見ごたえのあるセロテープアート®展とする事が出来ました。その結果、立地的な問題や開催期間が11日間と短い展覧会であったにも関わらず当初の予想を遥かに上回る約6000人という集客数を上げると共に、会期中に数回実施したワークショップも毎回100〜200人程のお客様がご参加下さるという大成功を収める事が出来ました。

 

 この結果は明らかに私のアート活動がそれまでの一個人の活動から「コーポレートアート」へと進化・発展した証であり、更なる“ミライ”の道を切り開き、「セロテープアート®の歴史」に新たな1ページを刻んだ瞬間であったと受け止めています。

2015年 横浜市民ギャラリーあざみ野「セロテープアート®展」ニチバンブース風景

アーティスト活動20周年の節目に「100年に一度」の記念展事業を開催!!

 実は2015年のあざみ野展は、それから3年後の2018年に現在のニチバン株式会社 テープ安城工場の所在地であり、「セロテープ®︎の聖地」と呼ばれる愛知県安城市の「安城市民ギャラリー」(公立館)で大規模なセロテープアート®︎展を開催する事が決定していた事から、ほぼ同サイズの会場で試験的に実施した展覧会だったのです。

 

 更に2018年は私自身の「アーティスト活動20周年」という大きな節目の年であると同時に、ニチバン株式会社にとっても主力製品の「セロテープ®︎誕生70周年」に当たる上に、何と「創業100周年」という100年に一度のメモリアルイヤーに当たる事もあり、安城市民ギャラリーでの企画展だけでなく以下の4つのセロテープアート®︎展(個展)を立て続けに開催させて頂きました。

 

  1. 「瀬畑 亮  セロテープアート®︎展 2018 in 六本木」 ヒデハル フカサク ギャラリー ロッポンギ(小規模展)
  2. 「瀬畑 亮  セロテープアート®︎展 2018 in 安城」 安城市民ギャラリー(大規模展)
  3. 「瀬畑 亮  セロテープアート®︎展 2018 in 大垣」 大垣市スイトピアセンター(大規模展)
  4. 「瀬畑 亮  セロテープアート®︎展 2018 in 横浜」 フェイ アート ミュージアム ヨコハマ(中規模展)

 

 私自身も規模に関わらず一年間に4つも個展を開催するのは初めての経験で、準備期間から全ての展覧会が終了するまでの数年間は本当に心身ともに限界ギリギリまで追い込んでようやく乗り越えた状態でした。その努力と苦労の甲斐もあり、結果的に地方展がメインの展覧会であったにも関わらず、トータルで約3万人の集客数を上げ、約230件という大変多くのメディアに取り上げて頂く記録的な大成功を収める事が出来ました。

左から

2018年 安城市民ギャラリー「瀬畑 亮  セロテープアート®展 2018 in 安城」会場風景

2018年 安城市民ギャラリー「瀬畑 亮  セロテープアート®展 2018 in 安城」会場風景

2018年 大垣市スイトピアセンター「瀬畑 亮  セロテープアート®展 2018 in 大垣」会場風景

2018年 FEI ART MUSEUM YOKOHAMA「瀬畑 亮  セロテープアート®展 2018 in 横浜」会場風景

100年目の創業日に伝統と歴史のある「セロテープ®」ロゴと統一される事に!!

 2018年はもう一つ大きな出来事がありました。それは一連の記念展事業の第一弾となる六本木展が始まった2018年1月8日に、「セロテープアート®︎」のロゴが70年の伝統と歴史のある「セロテープ®︎」のロゴと統一され、完全なコーポレートアートとしてのブランドが確立されました。

2018年現在で70年の歴史と伝統のあるセロテープ®︎のロゴ

2018年現在で70年の歴史と伝統のあるセロテープ®︎のロゴ

日本語版セロテープアート®︎公式ロゴ(2018年1月8日に伝統と歴史のあるセロテープ®︎ロゴと統合する形で新たに制定)

 それと同時に2019年以降の未来は日本のみならず海外も視野に入れてセロテープアート®︎を本格的に世界進出させて行くという目標を立て、「Cellulose Tape Art™️」という英語版の公式ロゴもアーティストの私自身がデザイン制作させて頂きました。

英語版セロテープアート®︎公式ロゴ(2018年1月8日にセロテープ®︎ロゴの字体に合わせて瀬畑 亮が新たに制定)

 実はここにおいてもまたしても不思議な偶然が重なり、新しい公式ロゴの制定日のとなった2018年の1月8日は、奇しくも丁度ニチバン株式会社の100回目の創業日だったのです。このように私の「セロテープアート®︎」という活動は本当に不思議としか言いようのない「運命のシナリオ」によって導かれて来た活動なのです。

最終目標は「セロテープアート®」を「文化」として残して行く事!!

 こうして「世界で唯一」と言われる独自の芸術活動を展開して行く中に、一つずつアーティスト活動を始めた当初に思い描いていた夢を実現させて来ましたが、私にとってアーティスト人生の最終目標はズバリ、自らが生み出した「セロテープアート®」という活動を「日本独自の芸術文化」として後世に残して行く事です。

 

 これは幼少期から数十年間セロハンテープという一つの素材(製品)にこだわり続け、ひたすら「セロハンテープ遊び」を続けて来た「一風変わった子ども」だった私が、2008年のセロテープアート®展(練馬展)をきっかけに公的にアーティストとしてデビューをさせて頂くという、本当に不思議としか言いようのない「運命のシナリオ」によって導かれて実現したように、私にしか実現出来ない人生を懸けた大仕事であり、命懸けで取り組むべき「天命」であると感じています。

 

 何か一つでも運命の歯車がズレたらおそらく今の自分のアート活動は存在していないであろうと感じる程に、不思議なご縁と温かい人脈との出会いによって護られ、家族や周囲の大きな理解の元で育まれて来た「セロテープアート®」です。だからこそ私はその思いと歴史を“ミライ”に繋いで行くために、力の限り全力で“イマ”を駆け抜けて行くのです。

左から

・2008年 制作風景(撮影/信原 修)

・2012年 制作風景(撮影/信原 修)

・一巻入魂(ひとまきにゅうこん):一巻き一巻きに魂を込めて制作するのです。

大事な事はただ一つ。夢を諦めずに追い続ける事!!

 展覧会やメディア取材の際に、よく次のような質問をされます。

Q:「どうしてそこまで一つの事をやり続けられるのですか? 何がそこまでさせるのですか?」

 

 答えは簡単です。6歳の頃に出会った「セロテープ®」ですが、今でも僕はその当時と何も変わらずに

A:「セロテープ®が大好きだから」です。

 

 今日に至る過程において例えどんなに厳しく苦しい事があっても、周囲に何を言われようとも決してブレずに、夢を諦めずに一つの事をやり続けて来たからこそ、今の私の人生や「セロテープアート®」という全く新しい芸術活動がこうして存在しているのです。

どんな事でもやり続ければ必ず「才能」として輝いて来る!

どんな困難があっても諦めずに前に進んで行けば必ず『道』は切り拓ける!!

 この言葉を単なる社会や大人の都合の良い綺麗事とするのでなく、リアルな事実として現代社会に表して行く事により、一人でも多くの子供たちや若者たちが本当に心から情熱を注ぎ、「個性を活かして」大きな夢を追い続けて行ける社会を作って行きたいと思います。それこそが私に夢を追い求める事の大切さを教えてくれて、「一風変わった子ども」から「芸術家」として周囲に大きく理解され、人生を素晴らしいものに導いてくれた「セロテープ®」へのご恩返しであり、自らが芸術家として生きる「使命」であると信じて止みません。

 

 この熱い思いを胸に、今日も明日も明後日もずっとずっと、「一巻入魂」(ひとまきにゅうこん)の想いで作品に魂を込め続けて行くのです・・・。

Copyright 1998 Ryo Sehata